2021-08-15気持ちの整理

今日は1時間、絵を描きました。
目標というか、習慣にしたいことがありまして。
それは「1日1時間、参考書をもとに絵を描く」ことです。
ずっと絵を描きたいなあ、と思ってはいたのですが、なかなか始められないという事態に陥っていました。
それがひょんなことから、1日1時間、少しずつですが始められるようになりました。
上達しているかどうかはともかく。
ゼロだったものがイチになったことが大きいことだなあ、とつくづく思います。
どうやら私は習慣にすることで行動できるようになるみたいです。

このブログを始めて、2か月が経ちました。
久しぶりに「アレ」をやりたいです。
私が過去のブログでやっていた月末恒例の「アレ」です。
・・・そう。
反省会です!
4月はやってなかったのですが、突然またやりたくなったので、5月から毎月末には反省会という名の振り返りをしたいと思います。

それではさっそく、2019年5月の反省会を行います。
よろしくお願いします。
[box03 title="反省会(1905編)"]

  • 令和のはじまり、目標を決める「朝8時起き」→達成
  • モンスターハンターワールドにハマる
  • ウクレレ、お絵描き、電子書籍など、自分磨きしたい
  • 自分で散髪、チップとデールのDVD鑑賞、漫画読書
  • 性格診断、生き方や才能について考える→自分には何もない
  • 習慣を自分のものにするために

[/box03]

5月の前半はゲームにどっぷりハマっていて、生活習慣が乱れていました。
そこで「夜11時にベッドに入る」という決意をし、「朝8時起き」という目標を達成していきました。
今ではワケあって、朝5時には起きています。
日中に昼寝してしまうのが、今の課題です。

ウクレレやお絵描き、電子書籍を読むなどの自分磨きをしたいと考えていました。
がしかし、なかなか思うように始められず苦戦しました。
1日10分でもいいという条件は、良い感じだと思ったのですが、失敗。
今となってはウクレレと女声はセットで練習するという習慣が定着しつつあります。
こちらも絵を描くのと同じく1時間程度。
電子書籍は必要なときや気分次第で読みます。
読書はそれでいいかなと思っています。

生き方や才能についての本をいくつか読み、考え事をしていましたが、習慣について知ることで、ようやく前に進めることができました。
やりたいことを始めるために、まずは習慣を味方にするところから意識して取り組んでいきます。
なので6月は、「やりたいことの習慣化」を目標としてやっていきます。
ウクレレ、女声、お絵描きなども公開していきたいです。
今後とも田崎史乃をよろしくお願い致します。

いろいろやりたいなあ。

2021-08-15短編

Aという男がいた。
Aの住むアパートの前には、自動販売機があった。
Aは毎日仕事帰りに、その自動販売機で100円の缶コーヒーを買って、家で飲むことが習慣となっていた。
今日もまた同じ絵柄の缶コーヒーを買おうと自動販売機の前に立っている。
小銭を探す。
しかし、100円玉が見つからず、仕方なく1,000円札を投入した。
ピッ、ボトン。
目当ての缶コーヒーを取り出し、自宅へと帰った。

* * *

「ついてないなあ」
最近何かとついていないことが多い。
先月会社を辞めてからだろうか。
自宅で空っぽの冷蔵庫を呆然と眺めながら思う。
「こんな日はコーヒーだな」
俺は無性にコーヒーが飲みたくなるときがある。
ついていないときが特にそうだ。
神様が俺を見放しても、コーヒーだけが俺の味方だ。
俺の住むアパートの前に自動販売機があり、そこには80円という無職の俺には何とも優しいプライスの缶コーヒーがある。
いつも大変お世話になっている。
今日も100円玉を握りしめて、お目当ての缶コーヒーを買いに行く。
「夜は涼しいな」
ドアを開けると、夜風が気持ちよかった。
階段を下りていると、同じ階に住むAさんとすれ違った。
お互いに軽く会釈をしてその場をやり過ごす。
「遅い時間までご苦労様であります」
心の中でそう思いながら、スーツ姿で疲れ果てた様子のAさんを見送った。
自動販売機に到着。
100円玉を投入。
ピッ、ゴトン。カシャン、カシャン。
目当ての缶コーヒーと、お釣りの20円を取り出そうとしたとき、
「ん?」
明らかにお釣りが多い。
握りしめた小銭を見てみると、そこには10円玉が2枚の他に、100円玉4枚に500円玉1枚も混在していた。
「ぬお! ラッキー!」
自販機の誤作動か、はたまた前に買っていった人が忘れていったのか。
瞬時に頭に浮かんだのは、俺のものではない900円がなぜ今ここにあるのか、その理由だった。
「・・・いや待てよ」
これって取っていってしまったら、犯罪になるのか?
思わずキョロキョロと周囲を見渡したが、誰もいない。
ゴクリ。
生唾を飲み込む音がこれほど感じられるなんて。
俺は小銭の900円を、おつりのポケットのところに戻した。
自分の缶コーヒーと20円だけを握りしめて、走って自宅へと帰った。
息を切らしながら閉じたドアに背をもたれて思う。
「ついてないなあ」
一汗かいた後の缶コーヒーは少し苦かった。

* * *

Bという男がいた。
Bの住むアパートの前には、自動販売機があった。
Bは無性にコーヒーが飲みたくなると、その自動販売機で80円の缶コーヒーを買って、家で飲んでいた。
今日もまた、無性にコーヒーが飲みたくなり、自動販売機の前に立っていた。
握りしめていた100円玉を投入した。
ピッ、ボトン。
目当ての缶コーヒーと、カシャンカシャンと音を立てて落ちたお釣りを取り出し、自宅へと帰った。

2021-08-15レビュー

『自分を変える習慣力』三浦 将 著

まだ読んでいる途中ですが、参考になった部分が多く、自分の方向性が決まりそうなので、書いてみます。

自分のやりたいことを確認する質問。

今取り組みたいと思っている習慣は?

→絵を描くこと。

それを習慣にしたいのは、何のため?

→自分の頭のなかにあるイメージを上手く表現するため。

その目的が達成できたら、さらに何をしたい?

→ネットで公開して、評価を得たい。

それが達成できたら、さらに何をしたい?

→ファンを作りたい。

それが達成できたら、さらに何をしたい?

→好きな絵を、好きなときに描いて、生活したい。

本当にやりたいことは?

→好きなときに、好きなことをして、生きたい。

本当にやりたいことを達成するのに、重要だと思う習慣は?

→スキルを磨く、お金を稼ぐ、価値を提供する、好きなことをする、好きなことを極める、好きなことを見つける、好きなことを身につける、好きなことについて試行錯誤する、アウトプットする、インプットする、小さな目標を立てて実行する

まず最初にやる習慣は?

→1日1時間、参考書をもとに絵を描く。

習慣にするコツ

自分に合ったやり方を見つける。
習慣にしたい行動に快の感情を覚えるようにする。
習慣になること、続けることを重視する。

* * *

ということで、自分の生き方が見えてきた気がします。
好きなときに、好きなことをして、生きたい。
そうは言っても、好きなことというのが、まず私にはない。
時間やお金を注いできたこと、というのが、ないのです。
強いて挙げるなら、時間をかけているのは女声、お金をかけたのは自作パソコンでしょうか。
女声は今後もやっていきたいです。
自作パソコンは、1台あれば十分なので、好きなことにはなりそうにないです。
インターネットの世界は好きですけど。
だからこそインターネットを介して、好きなときに、好きなことをして、生きていきたいと思います。
あとはこの生き方が実現できるように進んでいきます。

まずは絵を描くところから。

気持ちの整理

雨が降る朝は暗い。
いつもなら太陽が昇る時間でも、窓の外は灰色。
水の滴る音。
6月のにおい。

雨の降る日はできるだけ外に出たくない。
濡れるから。
濡れたくない。
服が肌にくっついて、べとべとするから。
しかし、それも避けては通れぬ。
今日は職安に行った。

何かを変えようとしているのではない。
ただ流れに身を任せているだけ。
行ったり来たりする気分の波にうまく乗れないまま。
思考の渦に飲み込まれる。
ぶくぶくぶく。

イヤな気分ではない。
むしろ心地良い。
そんな毎日に慣れてしまっているのだ。
習慣の快適さは私もよく知っている。
知っているからこそ抵抗できない。
私はラクな方を選ぶ。

どこまでいったら納得させようか。
図りかねている自分がいる。
でももう決めなくてはならない。
私も今のままではいけないと思っている。
何とかしなければと、考えている。

解決策は一つあるが。
それを選ばないためにも。
また同じ道に戻ってしまう前に。
見つけ出さねば。

私の望む未来を。

気持ちの整理

真剣になる必要もないのではないか。
情熱も必要ないのではないか。
なんて。
そんなことを思ってしまう。
昨日の続き。

https://tasakishino.com/nanimonai/

私には打ち込めるものがない。
ないと思っているだけで、本当はあるのかもしれないけど。
自覚がない。
これさえやっていれば幸せです。
とか。
これだけが生きがいです。
とか。
そういうのがない。

あったらいいなと思う。
なくてもいいかなとも思う。
だって。
これさえ、とか、これだけ、とか。
“これ”がなくなったらどうなるのか、というお話。
私は幼稚園から高校2年までサッカーをやっていた。
サッカーが人生の軸となっていた。
これさえやっていれば良かった。
良かったのに。
高校2年のとき、そのサッカーをやめた。
高校最後の年は受験に専念、とかじゃない。
続けようと思えば、続けられた。
同級生のチームメートはみんな、高校最後の大会までがんばってたし。
でも、やめた。
やめて、私はからっぽになった。
サッカーをなくした私には、何も残っていなかった。
それからは何をやっても身が入らず、中途半端。
サッカーをやめたときから、私には情熱も真剣さも失われていた。

今となっては、こんな自分を受け入れてしまっている。
求め続ける人生か。
ほどほどに求める人生か。
どっちがいいのかなんて、決められない。
今のところは、求め続ける人生は疲れるという評価。
ほどほどに求める人生はラクだけど物足りないって感じ。
どっちもどっち。
結局決められない現状に甘んじている。

うん。
まあ。
いいじゃない。
って思うからダメなのかな。

いや。
ダメだ。
ちゃんとやろう。
反省と自己否定。
そして改善。
これこそあるべき姿ではないか。
よーし。

なーんて、やってらんなーい。

気持ちの整理

なんだかなあ。
情熱がないなあ、私にゃあ。
これと言って真剣にやろうというものがない。
ウクレレも今で十分楽しいしなあ。
絵を描くのもイラストレーターになりたいわけじゃない。
じゃあ私は一体何になりたいのかね。
何をやりたいのかね。

これまで真剣に取り組んできたことは?
高校2年までは、サッカー。
高校3年から大学時代は・・・一人ぼっちで何かやってたな。
何をやってたっけ?

日記を読み返してみた。
2012年5月27日。
『[冲方式]ストーリー創作塾』という本を読んで、物語を書きたいと思っていたよう。
賞に応募したいとも書いてあるが、一度も応募したことがない。

あ、そうか、思い出した。
作家とか小説家とか目指していたけど、実際に物語を作ったこともないし、文章を書いたこともなかった。
目指そうと思っても、行動に移せない自分が嫌になって、わけわからなくなっていたころに、ある本と出合った。
『求めない』という本。
求めないことを知った途端に、私が本当に求めているのは小説家になることではなかったと悟った。
ただ、認められたいだけ。
私という存在を。
ただ、褒められたいだけ。
誰かに。

これ以上何を望むというのだろう?

* * *

日記おもしろいな。
「田崎史乃」というペンネームの由来書いてある。
均衡重視ですってよ。
均衡ってなんやねん。
バランスは確かに意識している。
自分なりに偏りすぎないように気をつけている。
・・・だからダメなのかも。

また物語を書こうかしら。
短編なら書いたことがある。
今度はもっと短い掌編小説とか。
ツイッターでやってみるのもありかな。

* * *

やっぱりいろんな人いるなあ。
ツイッター、カクヨムWritoneっていうのもあった。
作品を発信する場はたくさんある。
みんな自分の作品、自分の場所があるんだなあ。

私は?
私には何がある?
考えてばっかり。

真剣にならないことに真剣・・・。

レビュー

次のステップへ進もう。
同じところで足踏みしていてもしょうがない。
そんなことはちょっと前からわかっているはずだ。
毎度毎度言う。
なぜ一歩一歩進んでいくのにこうも時間をかけるのか。
本当にどうかしているよ。

世の中にはいろんな人がいるなあ。
みんないろんなことしててすごいなあ。
いいなあ。
その点私はどうだい?
なあんにもしていない。

私も何かしたい!
私だけにできることをしたい!
それってなんだ?
私にしかできないこと。
・・・。
この無価値ともいえるブログを更新し続けることか?
いやいやそれほどでも。

今日図書館で読んだ本に、問題意識が重要だと書いてあった。
どんな問題を解決したいのか。
どうやって問題解決するのか。
具体的に何をするのか。
何よりもまず問題を発見することが重要であると。

私の問題は?
問題が見つからないことが問題とか。
もっと真剣に考えて。
いや!

とにかく行動しよう。
PDCAサイクルを回せっていうし。
同じことばっかりしないようにしよう。
何か違うことしよう。
うん。

手始めにアイキャッチの文字の色とか変えてみよ。

レビュー

いつの間にか朝8時に起きることは当たり前になっていました。
私にしては上出来。
さて、次の目標を決めましょうか。

と、その前に電子書籍を読んだので、参考に。
『才能の正体』坪田信貴 著。
ああ、才能がほしい・・・。
そう思って読み始めました。
どうも、単純なやつです。

私にも才能があるのでしょうか?
答えは、「まだない」になります。
なぜなら才能というのは、結果でしかないから。

「才能がある」と言われている人たちは、
“その人に合った”動機付けがまずあって、
そこから“正しいやり方”を選んで、
“コツコツと努力”を積み重ねている。
そしてきっちりと結果を出して、そのときに初めて「才能がある」という状態になる。

私には「まだない」というのは、誰もがもともと才能を持っているからです。
まだ結果が出ていなくて、他の人からの評価がない状態なので「才能がまだない」になります。

でもじゃあ、結果が出るまで自分の才能がどんなものか分からないということ?
・・・せやな。

何かで結果を出すことで才能があるというのなら、結果を出す方法を知りましょう。
上記引用の内容がそれです。
まず自分に合った動機付け。
動機付けは、何かをしたいと感じる気持ちです。
意識、無意識関係なく、動機付けによって自分は動いています。

動機付けは、「認知」「情動」「欲求」の3つの行動から成り立ちます。

めっちゃ簡単に説明します。
「認知」は、何かに対してどのような見方をしているか。
「情動」は、テンションMAXの状態。私はこれを「やる気」と呼んでました。
「欲求」は、本当にその何かをやりたいと思っているか。
この3つがあるからこそ、何かを成し遂げることができ、才能が生まれるとのこと。
そして、まずは正しく「認知」することが大切。
何かをするとき、「これなら自分にもできる」と思えるように「認知」するのです。

私の場合、絵を描きたいと思っていますが、変にハードルを高く認知しているようで、なかなか行動に移せません。
なので、ハードルを低くする必要があります。
・・・どうすればいいのでしょうか?
そこは自分で考える必要があります。
以前紹介した「最初の20時間」という動画でいうと、スキルの細分化ですかね。
というか、考える前にさっさとやっちまえって感じですね。
でも、そこを明確にしないと始められないのだから仕方がありません。
最初から躓いている、そんな私、どんまい。

何はともあれ、才能を芽吹かせるためには努力が必要ということです。
当然ながら。
ただ、その努力が努力と思えないくらいの動機付けがあれば、いいってことです。
そして、やりようによっては誰しもがそれを実現することができるということです。
だから私も、ちゃんと「認知」するところから、やり直します。

やりたいと思うことすべてに、これを当てはめて考えて、20時間チャレンジすれば、いろんなことできるようになって、最高じゃない?