カテゴリー: 気持ち

  • 眠い。寒い。疲れている。

    ネガティブな気持ちになっている。

    感じたままに動いて、やってみたいけど。

    それで、誰かを傷つけてしまうのなら、話は別だ。

    結局あれこれ考えてしまって、動けない。

    動かない方がいい、という選択になる。

    これも言い訳にすぎないのかな。

    バスの中で風が吹いている。

    寒い。

    左右両方の窓が開いている。

    どちらも少し閉める。

    少しマシになった。

    それでも風は吹いてくる。

    寒い。

    それでは、お達者で。

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  • 感じたままに動いて、やってみる

    2023年最後のお仕事。

    おつかれ様です。

    今年もいろいろあったなあ。

    あっという間だった。

    なんて、毎年同じことを言う。

    いろいろって具体的に何なんだよ。

    個人的なことすぎて……

    このブログは個人的なものだろ。

    でもまあ、一応自分以外の人にも読んでもらえているわけで……

    え? うそ! マジで!?

    マジマジ……

    はーい、というわけでね、今年もあと2日となってしまいましたが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

    体裁を取り繕おうとすな。

    いや、だって。

    いいんだよ……このままで……

    アカンやろ! もうちょっとこう、アレしていかな!

    アレって?

    アレはアレや。ほら、アレ。

    ああ、アレ……

    アレや、な!

    ……文字数稼ぎ?

    ちゃう!

    と、いうわけで。

    私にもまだ、向上心というか、現状を改善すべきという意識があるようで。

    自分のために情報や知識を残すにも、もっといい方法があるんじゃなかろうかと、思案している。

    しっかしなかなか、通勤途中に、ガッツリ頭をフル回転させて、文章を書いていくのも、結構疲れる。

    ゆえに、思考をダラダラと垂れ流す文章が多くなってしまっている。

    それはそれで。

    構わない、と思うなかれ。

    それは惰性だ。

    惰性が悪いわけではないが、それは楽しいかい?

    面白いかい?

    最近なんとなくモヤモヤしているのは、つまりそういうことなんじゃないのかい?

    「惰性で生きる 意味」と検索すれば、以下の記事がトップに出てきた。

    https://goal-b.co.jp/magazine/daseiyameru_method/#:~:text=%E3%82%84%E3%82%81%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%B8-,%E6%83%B0%E6%80%A7%E3%81%A7%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AF,%E5%8B%A2%E3%81%84%E3%81%A7%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

    惰性で生きるのをやめるには、まず小さい目標を持つこと、ですってよ。

    惰性でやってるのは、目標がなくて、思考が停止して、変わろうと考えていないから、ですってよ!

    今の自分だよね!

    変わろうと思考を働かせて、小さい目標を立てなきゃ。

    そうして少しずつ変化していかなきゃ。

    きっとそっちのほうが、ずっと面白い。

    ………。

    うーん。

    わかっているつもりなんだがなあ。

    つもり、では、どうにもならんものだ。

    むつかしく考えすぎる。

    まずは、過去にそういう自己啓発で学んだことから、文章でまとめてみたら?

    知ったつもり、学んだつもりになっているだけでは、まとめるのも大変だろうけど。

    いやでもなあ。めんどくさいなあ。それって何の意味があるかなあ。

    なんて、考えているんじゃないだろうな!

    考えている!

    そういうとこやぞ。

    思考停止しているっていうのは。

    疑問を抱くな、疑いを持つな、考えるな。

    感じたままに動いて、やってみろ。

    いい感じなら続けて、なんか違うなら変えていけ。

    そうやって進んでいくことでしか、今のモヤモヤは晴らせないんじゃないか。

    じゃないか? じゃない。

    晴らせないんだ。進むことでしか。

    今もそうだよな。

    とりあえず書き進めていたら、モヤモヤがちょっとスッキリした。

    感じたままに動いて、やってみる。

    私には、それがちょうどいいのかもしれない。

    いい感じ!

    いい気持ちで年越しできそうだ。

    ありがとう。

    それでは、お達者で。良いお年を。

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  • メリークリスマス!って感じではないけど、盛り上がっている脳内会議

    メリークリスマス!

    ブログを書いているということは?

    そう、今日もお仕事さ!

    はあん。

    昨日はクリスマスイブ。

    しかし、浮かれていると体調を崩しそうなので、自宅で安静に過ごした。

    エアコンの暖房ぬくぬくで、昼前まで寝てたし、ゲームしたし、映画見たし、Uber Eatsで美味しいご飯も食べた。

    つまりはダラダラ過ごしたってことだけど、これはこれで、いい休日だったのではないかな。

    ……そう思うでしょう?

    思ってしまうよね。

    いいの、いいのよ。

    いいんだけど。

    後回しになっているやりたいことをやるっていう約束は、どしたん?

    どうしたんだろうねえ。

    昨日は、とても幸せな1日だったよ。

    私はそれを一番望んでいる。

    今日も1日、幸せを感じて過ごした。

    この尊い事実を噛みしめることこそ、私が最もやりたいことだ。

    後回しになっていることは、大して重要なことではないのではないか。

    やりたいと思えば、身体が勝手に動くだろう。

    やりたいことに億劫になっているなら、それはやりたいことではない。

    やりたくないことなんだろう。

    それを無理してやろうものなら、君はそれをイヤなものとして、扱い続けることになる。

    ずっとね。

    じゃあ、

    どうして私は、そのやりたいことを、ずっと、やりたいと思っているの?

    憧れ? 尊敬? 羨望? 

    そのどれも。

    それらの感情は、やりたいことを見つけるにはピッタリのもの。

    原動力みたいな。

    憧れがあるから、始めることができる。

    いや、始めるきっかけ、になる。

    きっかけを掴んで、実際にそれをやり始めなくちゃ、ダメなんだな。

    でないと、時間が経てば経つほど、やりたい気持ちが萎んでいく。

    どんどん、どんどん、やるのが億劫になる。

    やりたくない、になる。

    本当は、やりたかったのに。

    まあ、それも人生さね。

    自分が選んだ道。進まなかった道。

    どのみち、文句を垂れるのも、褒め称えるのも、自分である。

    どっちがいいなんて、分からない。

    正解かも、間違っているかも。

    後悔だけはしないように生きろ。

    よく耳にする言葉だが、後悔のない人生なんて、クソつまらないと思う。

    私は、ね。

    悔いが残るからこそ、私が私でいられる。

    やった後悔も、やらなかった後悔も、等しく、自分だけのものだからだ。

    本当はやりたかったのに?

    そう思うなら、今すぐ始めなきゃ。

    君に少しでもその気持ちがあるなら、私はそのことについて、考えることをやめない。

    どうやったら始められるか。

    楽しんで続けられるようにするには、どうすればいいのか。

    それはもう永遠のテーマとして、考え続けようじゃないか!

    答えはすでに用意されているけど。

    過去に同じような人が、同じように悩み、同じように解決策を出してきた。

    私もそれらを本で読んできたし、理解しているつもりである。

    それでも、始められないものは始められないのだから、自分が納得できる答えを導き出さなくてはならない。

    そんな気がする。

    さて、年末だ。

    今年の年末年始は、お仕事詰め。

    働かなければ食っていけない。

    これも自分で望んで選択した道。

    働きつつも、やりたいことを始めるには、それはもう徹底的にハードルを低くしなければ、とてもやってられない。

    いろんな言い訳や文句も出てくる中で、いかに自分をその気にさせるか。

    いや、それを始める動きをさせるか。

    ……私はいったい、何がしたいんだ?

    まずはそこからか?

    はあん。

    キリがない。

    なんか楽しみたいだけなのに、なんでこんなに考えなきゃいけないだ!

    誰だ! こんなに考えようとさせるのは!

    君か! 俺だ!

    私だ! 僕です!

    誰だ、お前は!

    全部、私だ。

    なら、しゃーない。

    とことん、付き合ってやるか。

    今日このへんで、

    それでは、お達者で。

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  • モヤモヤした気持ちを吐露してセルフカウンセリング

    昨日は寒すぎて、頭が働かなかった。

    上下ヒートテックと背中に貼るカイロ。

    裏起毛のトレーナーに防風のパンツ。

    いつもより更に厚手のダウンも着た。

    にも関わらず。

    ハチャメチャに寒かった。

    いや、痛かった。

    何がダメだったのか見当がつかない。

    あんな寒さ、どう足掻いても風邪引いちゃうよ!

    野菜ジュースで不足分の栄養を補っておいた。

    マジで風邪引かないように、気をつけたいけど、あんまり意識しすぎるとしんどいから、ほどほどに。

    ってなわけで。

    私は、ほどほどを望みがちだ。

    いったい何の話だって感じだが。

    昨日の夜、また海外ドラマの『S.W.A.T.』を見た。

    と言っても、適当なシーズンの適当なエピソードを流していただけ。

    でも、やっぱり程よく面白いので、話に引き込まれた。

    簡単にまとめると、SWATの元リーダーである男が自殺を考えていて、彼にお世話になった今のSWATメンバーは、それを止めようと奔走するって話。

    引き込まれたのは、SWATメンバーがカウンセリングを受けているシーンが、挟み込まれる演出があったから。

    メンバーの一人ひとりが、その日にあった事件や出来事と、抱いた感情、苦しみや憎しみ、悲しみを吐露していく。

    出来事の全容は明かされず、エピソードの最初と最後、さらに要所々々で、カウンセリングのシーン入れることで、話が進んでいった。

    一番気になるのが、元リーダーの男が自殺してしまうのかどうか。

    ネタバレになるが、

    SWATメンバーの尽力あって、元リーダーの男は自殺を思いとどまった。

    さらに見入ったのは、最後の最後にSWATメンバーの一人、ディーコンと呼ばれる男のカウンセリングシーンである。

    彼もまた、自分の人生に疲れて、一度自殺を考えたことがあったらしい。

    彼には妻と4人の子どもがいて、周りから見れば、素敵な家族なのだが。

    借金があったり、それを返済するために副業したり、いろいろ苦労があったようだ。

    身体がひどく疲れると、心も病んでいく。

    そんな当たり前だけど、気がつきにくい事実を考えさせられた。

    何を隠そう私も一度、脳裏をよぎったことがある。

    記憶が曖昧だが、死にたいと思ったからこそ、今の自分がいる。

    そう思えるようになった。

    ……何の話だったかな?

    私が今日書きたかったことに戻る。

    私がほどほどを望みがちなのは、頑張ることに疲れたからだ。

    SWATの元リーダーも、ディーコンも、ドラマの中の話だけど、同じだと思う。

    頑張りすぎなのだ。

    頑張る、という言葉はむつかしい。

    自分を追い込みすぎ、というほうが分かりやすいかもしれない。

    俺は全然、頑張っていない。もっと頑張らないと。誰の役にも立っていない。こんなんじゃダメだ。

    身体が疲れているはずなのに、さらに心も追い詰める。

    自分の心身を無視して、さらに追い込む。

    ついには。

    これは私の想像でしかない。

    実際は、もっと複雑だろう。

    ニュースで自殺という文字を目にする度に、同じようなことを考える。

    当人だとしたら、その一線を越えてしまう要因は何だったのか。

    知り合いだとしたら、思いとどまらせるには、どうすればよかったのか。

    私の場合、自分を追い込みすぎていることに、気づかされた。

    だから、思いとどまることができた。

    これが、昨日の夜、海外ドラマを見て、今朝、導き出された1つの答えだ。

    気づかされる。

    なんでも良い。

    人から、本から、ネットから。

    綺麗な朝日から、道端の雑草や石ころから。

    ふとした瞬間に、気づかされることが、思いとどまる一因であるように思う。

    自分から気づくのではない。

    自分は、自分以外の何かから、生かされているのと同じように、気づかされるのだ。

    何なのだろう、この感覚。

    気づかされたからこそ分かる感じ。

    こんなん分かったところで、何の役にも立たないのだが。

    むしろ、気づかされず生きている方が、真っ当な人生である気もする。

    なぜなら、ほどほどを望みがちになってしまうから。

    頑張りたくても頑張れない。

    それでもいいじゃない。

    そう思って、今日もまた昨日と同じ。

    代わり映えない日常のくり返し。

    それも幸せと感じられるのは、良いことである。

    でもやはり、漫然と過ごしているだけでは、物足りず。

    このモヤモヤした気持ちを書き留めたくなった。

    にしても。

    話があっちゃこっちゃ飛ぶなあ。

    結局、自分はどうしたいのかを書きたい。

    やりたいことをやっていこう。

    やりたくても、なんとなく後回しになっていることとか。

    見直していこう。

    そんな気持ちだけが独り歩きして、上記の通りである。

    ほどほどを望んでいても、目標を持って、それに向かって、ほどほど頑張るのもいいだろう、ってこと。

    なんだよ、ほどほど頑張るって。

    面白いからいいや。

    まとまりまへん。

    今日はこのへんで。

    それでは、お達者で。

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  • ゲーミングチェアが届いたのと、締め言葉について

    今朝は寝起きダルダル。

    体が重かった。

    モーニングルーティンをこなしたら、平気になったけど。

    昨日は、妻のゲーミングチェアが届いた。

    お誕生日には、まだ少し早いけど、ハッピーバースデープレゼント。

    置き配にしてたのだが、大きすぎて、帰宅したときのインパクトがすごかった。

    そして、めちゃ重い。

    これを上の階まで運んでくださった、配送業者様には申し訳ない気持ちになる。

    ありがとうございます。

    申し訳ないこと続けに、もう一脚注文している。

    すみません。助かります。

    ご飯を食べたあと、さっそくゲーミングチェアを組み立てた。

    パーツ一つ一つがしっかりしていて、そりゃ重たいはずだと納得。

    ネジと六角レンチも付属しているので、説明書に従って作業を進める。

    作業としては簡単なのだが、なんせ座面も背面も重たいもんだから、いちいち「よいしょっ」とか「ふんっ!」とか気合を入れないといけない。

    妻と協力できたからよかったものの、1人で組み立てるのは、かなり大変だと思う。

    途中、アームレストの向きに戸惑いつつも、1時間程度で完成。

    さて、座り心地ちのほどは……?

    めっちゃいい! 最高やないか! とのこと。

    うんうん、よかった、よかった。

    私もちょっとだけ座らせてもらった。

    座面、背面ともにクッションは硬めで、しっかりしている印象。

    こ、これがゲーミングチェア……良い! と静かに感動した。

    自分のチェアが待ち遠しい。

    ただ1つ問題が。

    デカい。

    いや、部屋と机が狭いのか。

    サイズは机の幅に、ほぼピッタリ。

    机の両側を棚で囲ってあるので、棚と棚の間にみっちり収まっている。

    この状態だと、アームレストと背面が棚にぶつかって、回転しづらい。

    机から後ろに下がれば、なんとかなるだろうけど、慣れるまでは大変かも。

    なにはともあれ、妻の満足そうな笑顔を拝むことができて良かった。

    自分のも満足できるチェアだったら嬉しいねえ。

    それでは、お達者で。

    あ、そういえば。

    この最後の挨拶的な「お達者で」というのが、今生のお別れではないよね? というお問い合わせをいただきました。

    ありがとうございます!

    これはですね。

    未来の自分や読んでくださっている方への、お別れの挨拶です。

    ちょいとややこしいんですけど。

    今、これを書いている私は、次の瞬間、過去の私となります。

    昨日まで書いてきた文章は、過去の自分のもの。

    過去の自分と今の自分を別人として捉えているわけです。

    そんな過去の自分から、未来の自分に向けて、「元気でいてくれよな」「達者でな」というメッセージを送ることは、後で読み返したときに、嬉しいかなと思いまして。

    …………。

    という、さもありそうな理由を考えてみたのですが、どうでしょうか。

    本当のところは。

    もし今後、また急に、自分がこのブログで文章を書けなくなったときのために、締めの挨拶だけは、ちゃんとしておいた方がいいかなと、少し思っただけです。

    わたくし、気分屋なものですから。

    それで文言はどうするか考えたとき、「またね」とか「さよなら」とかは、無責任すぎるよなあ、と。

    また会えないかもしれないし、はい、バイバイでは薄情すぎます。

    「達者でな」「お達者で」という言葉は耳にしたことがあって、ちゃんと意味を調べたら、とてもしっくりきたので、これを使うことにしました。

    誤解を生む言い方で申し訳ないです。

    でも、お達者で、と言われても、明日また会えたら嬉しいよね。私は嬉しい。

    お達者で、と言われて、それっきりでも、あの人は元気かなあ、くらいで、それほど心配にもならんでしょう。知らんけど。

    続いていく日常であれど、一つ一つ区切りをつけたい。

    そんな気持ちの表れです。

    あ、ちなみに病気とか、余命何ヶ月とかではないです。

    まったく健康で、このまま100歳までいっちゃう勢いで元気です。

    100歳になったとき、この文章を読み返して、「達者じゃよお!」なんて言えたら素敵だなと、そう思うわけであります。

    今日は昨日より暖かい1日になりそうです。

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