人生の目的と向き合う 第23回「人生の目的と自分の価値」

どうも、お腹の調子がわるい人です。
お昼にマクド食べたからかなあ。
脂っこいの苦手だからなあ。
でも、おいしいからなあ。

そんな状態ですが。
人生の目的と向き合います。
第23問。

・・・と言いたいところですが、今回は問ではなくて、気になった部分を取り上げます。
第7章より。

「人生の目的を、自分の価値と置き換えないようにしましょう」
引用元:本田 健(2014年)『人生の目的 自分の探し方、見つけ方』大和書房(158ページ)

私「勘違いしてたかも・・・」

てっきり、人生の目的が見つかれば、それに向かって突き進むことで、自分の価値が生まれるものだ思っていました。
いや、そうでもないのかな。
自分の価値って何でしょう。

自分は価値のない人間なんだ。
とは、あまり思ったことがありません。
大学生のときに一人ぼっちすぎて、暗い気持ちになったことはあります。
人生なんて無意味だなって。

無意味な人生を生きているけれども、死ぬ勇気もない。
そんな自分って・・・。
ただ生きているだけ。
なんて考えていました。

でも、よくよく考えてみて。
いや、考え方を変えてみて。

ただ生きている自分だけど。

「なんで今、生きることができているの?」

いろんな答えがあるかもしれないけど、私がそのときに知ったのは、テレビで明石家さんまさんが言っていたこと。

「人に生かされている」

だから、生きているのだと。

「人に生かされている」という言葉から、私はいろいろな想像が頭に浮かびました。
生きることは、食べることと寝ること。
食べることを例に。
誰かが作った食材を、誰かが運んでくれて、誰かが売ってくれて、父が働いて稼いだお金で、母が買っきて料理してくれて、私はそれを食べることで、生きている。
もっと想像してみる。
誰かが食材を入れる容器を作ってくれて、誰かが容器を作るための機械を作ってくれて、誰かが容器を作るための機械を設計してくれて、誰かが容器を作るための機械を管理してくれて、誰かが容器を作るための機械を管理する人たちを采配してくれて・・・

誰かが何かをしてくれたから、私は生きている。
だから、人に生かされている。
有難いこと。

・・・ちがう、そんな話じゃなかった。

人生の目的は、自分の価値をつけるものではないということ。
これは覚えておきましょう。
今は上手く言い表せませんが、私にとって重要な気がします。
なぜなら、私は自分の価値を認めてもらいたい人だからです。

ただ認めてほしいだけなのかもしれないのです。
私の本心は。
自分から何かをしたいという欲求よりも、人に認められたいという欲求が強いのです。
これはどういうことなんでしょう。
ちょっと別で考えてみます。

書いていたらお腹の調子が治った、ラッキー!

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