人生の目的と向き合う 第22問「本当は何がしたい?」

どうも、本屋さんで丸々一冊立ち読みしてしまった人です。
パラパラっと、ね。
ようしょ要所だけ、ね。
ガッツリ2時間滞在してしまいましたけど、ね。

さて、人生の目的と向き合いましょう。
6章に入ります。
第22問。

「30人がいる部屋で、自分がその人たちに何かをしてあげられるとしたら、何がしたいか?」
引用元:本田 健(2014年)『人生の目的 自分の探し方、見つけ方』大和書房(135ページ)

私「誰も気づかないようなことで、自分がやりたいと思うことをしてあげる」

自分の心に正直になれば、本質がわかる、らしい。
自分が本当にしたいことは何か。
それをして、ワクワクして楽しむことが人生の目的になるようです。

さらに、ワクワクして楽しめることは、他の誰かのためにもなり得る。
だから今回の問です。
何かをしてあげられるなら、何がしたいか。

実際に30人のいる部屋に入ったら、まず人見知りなので隅っこの方で膝を抱えて体育座りしているかもしれません。
全体をさり気なく見渡して、どんな人たちがいるのかを観察します。
誰が何をするのか見定めて、自分は何をするのか考えます。
そして、誰もやらなそうなことを、誰にも知られないようにやります。
ごく一部の人に「あ、これやってくれたんだ。ありがとう」と気づいてもらえれば幸いです。

完全に後出しですね。
誰も気づいていない細かな部分を補完するのが好きなのかも。
多分それが一番手っ取り早く認めてもらえるし、受け入れてもらえるから。
自分から「これをしてあげるよ」と言っても、ありがた迷惑の可能性もありますし。

自分にしかできないことを探しているのは、こういう思考があったからなのですね。
そう考えると、自分にしかできないことは状況によって変わるということかしら。
関わる人や時間や場所が変われば、私はまた観察してから何をすべきかを考えます。

そういえば、働いていたときもそんな感じだったような。
一つ一つの任された仕事に対して、あの人はコレをやるから、自分はアレをやろう、と考えて動いていました。
同じ仕事でも他の人が先にアレをやっていたら、自分はコレをやろう、と対応していたものです。

となると、自分からは何もできないということになりますか。
そういう状況に置かれて、はじめて行動を起こすということでしょうか。
確かに、自分からアレがしたい、コレがしたいとかはあまり言ったことがないです。
今でこそ、ブログで何かいろいろやりたいと言っていますが、結局続かないまま中途半端になっています。

じゃあ、これから、どうしよう、という話になります。

じゃあ。

これから。

どうしよう。

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