創作

創作「自動販売機だけが知っている事実」

Aという男がいた。
Aの住むアパートの前には、自動販売機があった。
Aは毎日仕事帰りに、その自動販売機で100円の缶コーヒーを買って、家で飲むことが習慣となっていた。
今日もまた同じ絵柄の缶コーヒーを買おうと自動販売機の前に立っている。
小銭を探す。
しかし、100円玉が見つからず、仕方なく1,000円札を投入した。
ピッ、ボトン。
目当ての缶コーヒーを取り出し、自宅へと帰った。

* * *

「ついてないなあ」
最近何かとついていないことが多い。
先月会社を辞めてからだろうか。
自宅で空っぽの冷蔵庫を呆然と眺めながら思う。
「こんな日はコーヒーだな」
俺は無性にコーヒーが飲みたくなるときがある。
ついていないときが特にそうだ。
神様が俺を見放しても、コーヒーだけが俺の味方だ。
俺の住むアパートの前に自動販売機があり、そこには80円という無職の俺には何とも優しいプライスの缶コーヒーがある。
いつも大変お世話になっている。
今日も100円玉を握りしめて、お目当ての缶コーヒーを買いに行く。
「夜は涼しいな」
ドアを開けると、夜風が気持ちよかった。
階段を下りていると、同じ階に住むAさんとすれ違った。
お互いに軽く会釈をしてその場をやり過ごす。
「遅い時間までご苦労様であります」
心の中でそう思いながら、スーツ姿で疲れ果てた様子のAさんを見送った。
自動販売機に到着。
100円玉を投入。
ピッ、ゴトン。カシャン、カシャン。
目当ての缶コーヒーと、お釣りの20円を取り出そうとしたとき、
「ん?」
明らかにお釣りが多い。
握りしめた小銭を見てみると、そこには10円玉が2枚の他に、100円玉4枚に500円玉1枚も混在していた。
「ぬお! ラッキー!」
自販機の誤作動か、はたまた前に買っていった人が忘れていったのか。
瞬時に頭に浮かんだのは、俺のものではない900円がなぜ今ここにあるのか、その理由だった。
「・・・いや待てよ」
これって取っていってしまったら、犯罪になるのか?
思わずキョロキョロと周囲を見渡したが、誰もいない。
ゴクリ。
生唾を飲み込む音がこれほど感じられるなんて。
俺は小銭の900円を、おつりのポケットのところに戻した。
自分の缶コーヒーと20円だけを握りしめて、走って自宅へと帰った。
息を切らしながら閉じたドアに背をもたれて思う。
「ついてないなあ」
一汗かいた後の缶コーヒーは少し苦かった。

* * *

Bという男がいた。
Bの住むアパートの前には、自動販売機があった。
Bは無性にコーヒーが飲みたくなると、その自動販売機で80円の缶コーヒーを買って、家で飲んでいた。
今日もまた、無性にコーヒーが飲みたくなり、自動販売機の前に立っていた。
握りしめていた100円玉を投入した。
ピッ、ボトン。
目当ての缶コーヒーと、カシャンカシャンと音を立てて落ちたお釣りを取り出し、自宅へと帰った。