気持ちの整理

今日という変化はとてつもなく大きな一歩だ
たとえそれが平凡な日々の延長線上だとしても
私は彼を祝福しよう
かつてない勇気と希望に満ち溢れている彼を

愛する者の便りに耳を傾けよ
しかと受け止めるのだ
何度も何度も同じことを繰り返そうとも
相手の言わんとしていることは痛いほど現実なのだ

足りないものは何か
いや足りぬものなどない
今あるものに目を向けて確認すればどうだ
ほんの少し視点をずらせば
ほんの少し視野を広げれば
自ずと見えてくるであろう

整ったかそうでないかは重要ではない
とにもかくにも始めてみるのだ
思考する間に刻一刻と時は流れていく
それもまた一興だが動いた先にある時もまた一興

間違いだらけで構わん
正しさなどないに等しい
進む他に道はない
時たま立ち止まりながらも前へ前へ

新たな門出だ
今日もよくやった
ゆっくりと休め
そしてまた明日目覚めたら
ゆっくりと歩き出せ

夢のつづきとならぬように

気持ちの整理

久しぶりに球蹴りをした。
楽しかった。
身体は覚えているものだと改めて感じた。
少しの汗をかいた。
少し疲れた。

考えたことがある。
私は何かを発信しなければならないということ。
しなければならない、というと義務感に聞こえるがそうではない。
私にしか発信できないことを伝えていくべきなのだ。

では、その何かとは、何か。
それは私が立ち向かわなければならないこと。
つまり、考えすぎないこと。
考えすぎるのなら、じゃあどうすればいいのか。
気にしない。気楽にいこう。そんなゆるい感じ。
できているようにも思う。思うが結局がんじがらめ。

中身のない発信はただの……、
ダメだ。きたない言葉は使いたくない。
がしかし、今まで発信してきたことに中身などあったのだろうか。
謎だ。

誰かに何かを伝えたいという欲求は小さい。
そう思っているが、そうではないのかもしれない。
なぜこれまでインターネットという世界で活動してきたのか。
誰かに見つけてほしかったのではないか。
私という存在を。
私って何だ。
だから、それが、
考えすぎるけど気楽にやってみて楽しんでる奴
ではないのか。

となると、私からのメッセージはこうだ。
私はここにいるぞ。気楽に楽しんでいるぞ。あなたも気楽に楽しんでみるといいよ。
この内容を音声で、シチュエーションボイスに、ラジオに、配信に落とし込んで、伝えていくのだ。

いや、わかっている。
間違っている部分もあることは。
しかし、今夜は見返さない。
私の投稿を待っている人間がいるのだ。
気楽に何かしたいと願い、何かしなければと焦る自分という人間が。

反省はしている。やり方も変えていく。
ただ私は、私自身を救いたいのだ。









なーに言ってんだかって
はやくおやすみなさいよ